とりよろふ よろずことのは
染織文庫に掲載されました
- 2010-08-28 (土)
- お知らせ
「染織文庫」という新聞をご存知ですか?
和装のことを専門に扱う業界新聞で、毎月10日と25日に発行されています。
このたび、その染織文庫で とりよろふ のことが紹介されましたのでご覧ください。
美しいキモノで紹介されました
- 2010-08-23 (月)
- お知らせ
美しいキモノ 2010年秋号(8月20日発売)でとりよろふのきもの、帯、2010万葉の花ごろも展のことが紹介されました。

・美しいキモノ 2010年秋号
http://www.hfm.co.jp/product/utsukushiikimono/magazine/2010-820
とりよろふが掲載されたページは以下のとおりです。是非ご覧くださいね。
- 秋の染め帯コレクション -素敵な紬スタイルは染め帯で-
- 「保与」(名古屋帯)<106ページ右上>
- 誌上ギャラリー<153ページ>
- 作品紹介
- 「朝ぼらけ」萩
- 「かたかご」かたくり
- 「常磐堅磐」保与
- 万葉の花ごろも展の紹介
- きものアトリエ とりよろふ の紹介
- 作品紹介
- インフォメーション
- Culture & Event<163ページ>
- 「かたかご」かたくり
- 2010万葉の花ごろも展の案内
- Culture & Event<163ページ>
パワースポット
- 2010-08-06 (金)
- 日常の言の葉
いま、ちまたでは「パワースポット」なるものをよく耳にします。
調べてみると万葉文化館周辺にもいくつかあるようですね~。
紅葉のころ、山の辺の道をゆっくり散策するだけで元気になりそうですが・・・
その上、神秘の力を得られたらどんなに素敵でしょう。
飛鳥そのものがパワースポットといってもいいようなところです。ゆっくり訪れてみませんか?
ギャラリートークを行います
- 2010-08-04 (水)
- お知らせ
万葉文化館「2010万葉の花ごろも展」では、会期中ギャラリートークを行います。
ギャラリートーク
9月18日(土)、9月19日(日)、10月2日(土)、10月3日(日)
各日とも、午前11時と午後2時からです。事前の申し込みは不要です。
是非、お集まりください。お待ちしております。
万葉文化館展示会のチラシができました
- 2010-08-03 (火)
- お知らせ
飛鳥・奈良紀行-おまけ
旅2日目(5月18日)、飛鳥から奈良に移動した日の夕方、かねてから見たいと思っていた「春日大社 神苑 萬葉植物園」に行ってきました。
ただ、入園したのが閉門(5:00)の1時間前だったため、ゆっくり見る余裕がなかったのが残念でした。
春日大社は藤原氏の氏神で、藤の花が社紋となっています。園内には「藤の園」があり、花の盛りは終わろうとしていましたが、遅咲きの白い花が杜若と見事に共演していました。
この植物園は昭和7年に開園した日本で一番古い萬葉植物園で、なんと300種類の植物が植栽されているというから驚きです。
万葉集には4500首のうち1500首に植物が読み込まれ、それらを分類すると150種類の植物になります。しかし、その150種にははっきり「この植物」と断定できずにいろいろな説があるため、該当植物は300種類になります。
この植物園に来れば、ほとんど全ての万葉植物を見ることができるというわけです。
小さな、白い、とっても可愛らしい花が咲いていました。
万葉集を愛する人なら、おそらく誰でも知っているであろう・・あの「むらさき」です。
あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る
額田王(巻1-20)
むらさきは繁殖力の強い西洋種が日本に入ってきてしまい、純和生のものは大変貴重になっていると聞いたことがあります。
むらさきの根は紫染めの染料となりますが、西洋種と交配してしまうと紫に染まらなくなってしまうそうなのです。
むらさきを題材にしたきものは、もう随分前から構想ができているのですが、なかなか実現できずにいます。でも、必ずつくりますのでご期待ください。
この植物園で収穫だったのは「ひかげのかずら」です。
あしひきの 山かづらかげ ましばにも 得がたきかげを 置きや枯らさむ
作者不詳(巻14-3573)
(ひかげのかずら、しかも、めったに手に入らないものを自分のものとしないまま枯らしてしまうことなどするものか・・・)
「山かづらかげ」がひかげのかずらです。なかなか自分の妻にできない素敵な女性をひかげのかずらにたとえています。
「ひかげのかずら」は多年生常緑のシダ植物です。枯れてもしばらくは緑色を保っているため、生命力がある植物とされ、ほよ(ヤドリギ)、やなぎなどと共に、よく「かずら(頭に巻く飾り)」とされたようです。
山歩きをするときはいつもあたまの片隅に置いて探していた植物ですが、なかなかお目にかかることができずにいました。
春日大社 神苑 萬葉植物園
開園時間
3月~11月/9:00~16:30(17:00閉門)
12月~2月/9:00~16:00(16:30閉門)
拝観料
大人 /500円
小人 /250円
飛鳥・奈良紀行-その7
⑫平城宮跡(後編)
体験楽習広場を出て、再び大極殿南門広場前を抜け、西へ。
西の外れには「平城宮跡資料館」があります。
ここでは、平城宮殿内の貴族の生活の様子が分かりやすく展示してあります。
なかなかおもしろかったので写真で紹介します。
居間には双六、囲碁盤、琴などがありました。
なかなか美味しそうで豪華な料理だと思いました。当時の貴族の贅沢ぶりがうかがえます。
部屋にはそれぞれじゅうたんが敷いてありました。そのためか今の日本人のライフスタイルに通じるモダンさを感じます。国際色が豊かだったんですね。
遺物展示コーナーでは発掘調査の出土品が展示されています。
いたずら描きのような絵がある土器や、あやつり人形、こま、さいころ、竹とんぼならぬ木とんぼなど。
天平人が急に身近に感じられます。親近感をおぼえるな~。
「まじない」や「呪い」などは政治的にも重要だったのでしょう。
今の時代よりもずっと、その意味は重かったのかもしれませんね。
出口付近にあるミュージアムショップは要チェックです。
私は「平城宮屋瓦拓影」という平城宮跡で出土した瓦の拓本(コピー)を買ってきました。
平城宮跡会場、最後に訪れたのは「平城京歴史館」です。
入口に遣唐使船が原寸大で復元され展示されている建物です。
ここでは、遣唐使というテーマを中心に、アジアと日本の歴史、平城京のくらしと文化などを映像で辿ることができます。有料(一般500円)ですが分かりやすくお勉強できるのでお勧めですよ。
ちなみに、通常、遣唐使船の模型には実際に乗ることができますが、私が見学した日はあいにく小雨まじりで、滑りやすく危険ということで乗れませんでした。
長らくお付き合いいただいた飛鳥・奈良紀行もこれで一応おしまいにします。
大和200%の楽しい旅でした。
飛鳥・奈良紀行-その6
⑪平城宮跡(中編)
会場についてあまり下調べもないまま、行けば分かるだろう・・というのりで行ってしまった平城宮跡会場。まずは朱雀門から第一次大極殿へとまわりましたが、、さて次は?
会場はとにかく広くて、他の展示施設の会場は大極殿のある中央部をはさんで東西に分かれています。ルートはどうしても大極殿の前を2度通ることになってしまいます。歩く距離が長くなるわけです。まぁ、急ぐこともないのでのんびり行きましょう。まずは東へ。
東に向かい内裏跡前をぬけると宮内省跡があり、建物が復元されています。
建物内には机、椅子、棚なども展示してあり、こんなところで大伴家持も仕事をしていたのだろうか・・・と想像すると平城宮が身近に感じられます。
宮内省の北側には「遺構展示館」があります。発掘で見つかった遺構がそのまま残っていたりして興味深いのですが・・・なにぶん地味な展示なので写真を取り忘れました。
遺構展示館を出ると、すぐ南側に体験楽習広場があります。
有料ですが、ここでは「疑似発掘体験」、「平城宮仕事体験」、「天平衣装体験」、「体験工房」など、いろいろな体験を通して当時のことを楽しく学ぶことができます。
私は当時の貴族が着ていた服装に関心があったので「天平衣装体験」をしてきました。
どうかな~天平貴族に見えるかな~。家持みたいに歌でも一つ詠んでみましょうか。
平城宮跡会場見学は後編につづく
飛鳥・奈良紀行-その5
旅3日目
⑩平城宮跡(前編)
朝から小雨が降るあいにくの天気になってしまいましたが、平城遷都1300年祭に沸く平城宮跡に行ってきました。まずは朱雀門から入場!
AM9:00のオープン時には朱雀門で「開門の儀」を見ることができます。
そして、第一次大極殿
歴史的なことを云々書きだすと大変なのでやめますが・・、気紛れな聖武天皇はこんな大きな都つくったのに短い期間に転々と遷都をくり返し、やっぱりここに戻ってきました。なので、初めの大極殿(第一次大極殿)と帰ってきてからの大極殿(第二次大極殿)は場所が少し違うのだそうです。
よく考えてみるとうなずけるのだけれど、都の部材は遷都の度に持ち運んで再利用していたんですね。平城京も藤原京から柱や瓦など、部材を運んでつくったそうです。こりゃ大変ですわ!
唐の長安をモデルにつくられた平城京。その中心である平城宮はとにかく大きい。だから、平城宮跡の会場を見て歩くのも大変です。天気がよければ自転車でまわることをお勧めします。
大極殿は天皇の即位式や外国使節団との面会、元日の朝賀など、国の最も重要な儀式が行われるところ。その時は天皇の玉座「高御座(たかみくら)」が置かれました。
初春の 初子の今日の 玉ばはき 手に取るからに ゆらく玉の緒
大伴家持 (巻20-4493)
孝謙天皇天平宝字二(758)年正月三日初子の日、宮中への参列者に玉箒(たまぼうき)が授けられ、そのとき大伴家持がつくった歌です。
玉箒はコウヤボウキという植物でつくったほうきで養蚕の象徴。初子の日飾られたそうで、正倉院の宝物に今も残っています。
ほうきのつかには紫色の染鹿皮を巻き、その上には金糸が巻かれ、枝には黄・緑・褐色の小さなガラス玉を挿し込んでいた・・というから、さぞ綺麗だったでしょうね。大極殿、高御座を見て、当時のことが偲ばれました。
とりよろふのきもの作品「玉箒」もご覧ください
のんびり歩きの平城宮跡会場見学は中編につづく・・・
飛鳥・奈良紀行-その4
飛鳥2日目、今日もいい天気。残りの遺跡を網羅すべく、自転車は快調に走ります。
⑧飛鳥-謎の石造物群
その3で触れた「酒船石」もそうなのですが、飛鳥には謎の石造物が多数点在しています。ここでは、それらをザッと紹介しましょう。
【石舞台古墳】
これぞ飛鳥のシンボル。聖徳太子と共に推古朝を支えた豪族、蘇我馬子の墓と伝えられています。
こんな大きなお墓なのですから、その権力の大きさが分かりますね。
中は広々としていて、隙間から漏れてくる光が綺麗でした。
【二面石】
橘寺の境内にある石像で南北に二つの顔を持っています。
「善悪二業一心所造」「生きている哲学の具象化」「心の持ち方を表した」などと意味深長なことがいわれますが・・・どうかな・・・?作り手はそんな難しくは考えていないように思いますが・・・。
【亀石】
かわいい顔をしています。確かに亀に似ている。
長さ4.3m、幅2.7m、高さ1.9m、堂々たる存在感があります。
【鬼の俎(まないた)・鬼の雪隠(せっちん)】
鬼の雪隠の写真上方の竹林の中に鬼の俎があります。
むかし、この辺りには鬼が棲んでいて、旅人が通ると霧を降らせて捕まえ、石の俎で料理して食べ、雪隠(トイレ)で用をたしたのでした・・・・・。
実は、古墳にあった石槨(棺を入れる石造りの箱)が転がり落ちたものだそうで・・・墓の主には気の毒な気もしますね。
【猿石】
吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)の中に4体並んでいる猿石。
向かって右(北)から「女」「山王権現」「法師(僧)」「男」と呼ばれています。
江戸時代に近くの水田から掘り出されたもので、明治時代初期に吉備姫王墓内に移されたそうです。
吉備姫王は孝徳天皇、皇極(斉明)天皇の母。ということは天智天皇、天武天皇のおばあちゃんということになり、いま猿石がその墓を守っていると思うとなんだかおもしろい気がします。
【益田岩船】
猿石から近鉄の線路を西に抜けて北西に向かうと、益田岩船への登り口の案内板があります。山の急斜面を登り5分ほどで益田岩船に到着しまた。フー息が切れた。
東西に11m、南北に8mというとんでもなく大きな岩の上面には四角い穴が2つあります。何に使うものなのか確証がないそうです。
謎は謎のまま残しておきましょう。古代人の思いを想像することで、我々は当時にタイムトリップすることもできます。岩の上に横たわって星空を眺めたら、きっと何かが降りてくるだろうな~。
以上、謎の石造物をめぐる急ぎ足の旅でした。
⑨飛鳥-旅の終わりに
2日目は石造物の他にも、いくつかの遺跡を見ました。
印象的だったのは橘寺にあった栴檀(せんだん)の老木。
見上げた高い枝のかたちが青空にシルエットとなって、更紗の文様みたいでした。
いつかこんな柄の着物をつくってみたい。瞬時にそう発想しました。
枝の先は蕾を持っているらしく、あと少したつと可愛い花が咲くことでしょう。
栴檀(せんだん)は万葉集の中では楝(あふち)と名で登場します。
妹が見し 楝の花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに
山上憶良 (巻5-798)
(妻が見たあふちの花が散ろうとしている。私の悲しみの涙はまだ乾かないのに。)
これは大伴旅人の妻が亡くなったとき、山上憶良がその心中を察して詠んだ挽歌です。
そして、天武・持統天皇陵
仲良く同じお墓に眠るのでした。
古代の歴史大河ドラマをつくるとすれば、二人は間違いなく主役となるでしょう。
北山に たなびく雲の 青雲の 星離(さか)り行き 月を離れて
持統天皇(巻2-161)
(北山にたなびく青雲が、星たちから離れて、月からも離れていってしまう・・・)
天武天皇が亡くなったのを悲しんで詠んだ持統天皇の挽歌です。
う~~すごい歌だ。
飛鳥紀行はこれでおしまい。
その4 ~奈良へ~につづく







































